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​カ レ

Interview with
Osamu Maruyama

Hiroyoshi Morimoto

​インタビュー|丸山修さん 森本弘義さん

                                       (崇仁教育連絡会)

しる

希望を持つことができる地元の力

2020.3.20

​文筆:中尾 まり 写真:中池 雄士

 京都駅の東側には、かつて「崇仁地区」と呼ばれ、関西最大と言われた被差別部落があった。この地域は、数年後に京都市立芸術大学が移転してくることもあって、今、開発の真っ最中である。街は変わりつつあるけれど、同和問題は、未だに崇仁地域の教育分野に影を落としているといった声もある。

 崇仁教育連絡会は、1994年に立ち上げられ、崇仁地区の学校に通う子どもたちを対象に教育支援を行うとともに、同時に大人のための読み書き教室も開いている。今回は、この連絡会を主宰するお二人にお話を聞いた。

 まずは、連絡会の設立当初から、中心となって活動している丸山修さん。丸山さんは、崇仁地域で生まれ育ち、大学卒業後に小学校教諭となった。
 
 16歳の時から部落解放運動に関わっておられ、その中で「崇仁地域で育ったことで自信を失ってしまった子どもたちのために活動したい」、「負の連鎖を断ち切りたい」という思いを強く持たれ、子どもたちの学力を衰退させてはならないと、仲間たちと連絡会を設立した。設立当初から、10名ほどの教育関係者が、ボランティアとして活動に関わっている。

 「崇仁地域は今でも他地域に比べると学力が低い。その根底には、どうせ勉強してもこの地域の出身だから仕方ない、という心理が子どもたちに働いているからだ。」と丸山さんは言う。活動を始めた当時、崇仁地域で育った人たちの就職先は限られていたそうだ。
 
 子どもたちの学力を高めるために始められたこの活動は、現在、火・木・金・土の午後2時から6時まで、小学生への図書の貸出しと宿題や自主学習の支援を行い、火・木・金の午後7時から8時までは、中学生及び高校生を対象に、下京青少年活動センターにおいて学習支援を行っている。小学生の参加は1日当たり約30名で、中学生以上になると若干減少する一方で、悩み事の相談が多くなるそうだ。また、毎月1回、工作や書道などの体験教室も開いている。水泳の体験教室では、25メートルプールで7500メートルを泳いだ児童もいたとのこと。その経験が生徒の自信になったそうだ。

 「もうひとつ大事なことは、子ども同士や地域の大人とのつながりの中で、困ったときに支え合える人間関係を作ることだ。学習支援の継続を通じて、地域とのつながりを維持していきたい。」と、丸山さんは言う。

 活動してきた中で何か大きな変化はあったか聞いてみた。「やはり行政が同和問題の解決から手を引いたことが大きかった」とのこと。ただ、崇仁教育連絡会の姿勢は一貫して変わらず、連絡会としてだけではなく地域ももっと巻き込んで活動していかなければと、今後に対する思いも語られた。

 そんな中、丸山さんは市立芸大が移転してくることに期待されている。大学生に、崇仁地域の子供たちと関わってもらうことで、「あんなこともできるんだ」という姿を見せてほしいとのこと。また、少子化が進み子どもの数が減少する中で、丸山さんは「子どもは未来」であるとして、今後の活動の継続を決意されると同時に、後継者についても考えておられた。
 
 インタビューの最後に、読者へのメッセージをお願いした。丸山さんは「この地域のことをよく知ってほしいし、講師として来てくれてもいい。子どもたちが「こんな風になれたらいいな」という気持ちを持てるような人に来てもらい、モデルとなってくれることを期待している。」と語った。

 

 次にお会いしたのは、大人のための読み書き教室の担当をしている森本弘義さん。この読み書き教室は「崇仁識字学級」として1972年に立ち上がり、森本さんは当初から、ここの先生として活動し続けている。現在は崇仁教育連絡会の活動の一環となり、「読み書き教室」と名称を変更したが、ここでは、文字を学ぶ機会がなかった人達に対し、1週間に1度、識字教育を実施している。

 取材に訪れたときは、6名の高齢者の方が漢字の勉強をしていた。ここには多様な科目があり、書道やハングルの教室もある。設立当初からこれまでにここに通った人は延べ87人。現在は人数が減少したものの、最大で14名~15名いた時期もあったそうで、設立当初から通っている人も4名いる。通う人は多くが女性とのことで、下京区からだけではなく、南区や東山区からも訪れている。

 「差別によって学ぶことができなかった」という考え方が改まり、学ぼうと通いに来られるのは女性が多く、男性は学べなかった事実を隠そうとしてしまうため、必然的に参加者が女性ばかりになってしまったそうだ。
 
 この識字教室に通う人のほとんどは、小学校卒業程度の識字能力をお持ちで、聞く・読む力よりも、書く力を身につける方に重点を置いたとのこと。そして、教室の中では、国語・算数のドリルも使い、複数教科の学習も行っていたことから、中には夜間学校に進学する生徒もいたそうだ。また、勉強を続けて調理師免許を取得するまでになった生徒もいるとのこと。

 今、課題となっていることはなにか聞いてみると、「最初は差別の解消を目的として開設したこの教室は、今や高齢者の学びの場となっている。崇仁地域は現在、住民の53%が高齢者であることもあり、彼らの学びの場にしていきたい。」とのこと。地域の文化祭にも積極的に参加し、今年も書道の展示会で、生徒たちの作品を展示した。
 
 読者へのメッセージとして、これからはまちづくりの意味も込めて崇仁地域にもっと関心を持ってもらい、事業に参加してもらいたいと話された。
 
 今回、崇仁教育連絡会のおふたりの話を聞き、この地域に残された課題が存在することを改めて感じた。おふたりとも「学力向上」に向けた活動を続けていくことが、差別の解消につながっていくとして、地域の課題から目を背けることなく、まずは知ってほしい。それがまちづくりにもつながっていく、と話す。時代が変わっていくに従って、子どもや高齢者がより住みやすいまちを一緒につくっていきたいという、おふたりの思いを受けて、そのために何ができるのか、いろいろと考えさせられる機会となった。

まるやま おさむ

崇仁教育連絡会会長、崇仁まちづくり推進委員会事務局員。大学卒業後、教員として仕事をする間に「崇仁教育連絡会」を立ち上げる。生まれ育ったまちで、子どもたちの育成に携わりながら、まちづくりにも尽力する。

もりもと ひろよし

元小学校教員。1974年に「崇仁識字学級」を立ち上げ、それ以来、一貫して高齢者の読み書きに携わる活動を行っている。同時に高齢者が住みやすいまちづくりの活動にも力をいれている。